飛ぶ鳥の 明日香の里を 置きて去なば 君があたりは 見えずかもあらむ
(元明天皇 1−78)
「元明・元正陵」の項でも触れたが、元明天皇一行が遷都の際、飛鳥の地をしのんで作った歌である。飛鳥と平城の中間点、ここ天理市井戸堂あたりで詠まれたのではないか。 古代の奈良盆地を南北に貫く幹線道路として、上つ道、中つ道、下つ道があった。最も当時の面影が失われてしまったのは中つ道である。県道になった部分は交通量が激しく、田圃のあぜ道を経て消滅してしまった部分も多い。その中で、ここ井戸堂あたりの中つ道は昔の面影をよく残し、見晴らしもまことに良い。盆地の東の山々から金剛、葛城、二上山、生駒山と連山を望み、緑の田園が大パノラマとなって広がる。道は細く、まっすぐに続く。奈良盆地の原風景がここにはあると思う。
その中つ道に面して、山辺御県坐神社がひっそりと建っている。元明天皇一行もこの道を通って、平城をめざした。平安時代には、藤原道長がここで宿泊したと伝えられている。古代より重要人物が往来した道である。
万葉仮名による歌碑
中つ道